越後丘陵公園 雨上がりの朝のバラ
2019年07月16日(火)まるち
人は歩くことを忘れてしまったのだろうか?と、思わずにいられないときがあります。
例えば、近所にお出かけをします。近所ですから徒歩圏内、歩いて数分の場所まで足を運びました。そして、用事を済ませて帰ろうとしたとき、車を持っている人が「車で送ってあげる」と、声をかけくれたのであります。
なんて親切な申し出なのでしょう。たまにお見かけする光景です。珍しくありません。交通の手段を車に頼っている田舎では普通なのかもしれません。
徒歩より速い車で送ってもらえれば、その分だけ早く帰れます。歩くよりも体力は使いませんから、ラクなところもあります。良いことかもしれません。
ありがたいことと思うけれど、その反面、余計なお世話だと思ってしまう自分。
人には足があります。歩けるのなら、自分の足で歩いて帰りましょう。それは健康のためです。何のために足があるの?
それに足がずっと使えると限りません。足も弱ってしまいます。人はある年齢を過ぎたら、どんどん衰えていくだけです。
それならば日常生活の中で、健康の維持になることをしたほうがいいのではないでしょうか。何かのついでにできることを積極的に取り入れて、衰える速度が少しでも遅くなるようなこと。それは簡単にできることなのです。その機会を奪うことを何とも思わない人が多すぎると思わずにいられません。
人は歩くことを忘れてしまったのでしょうか?
その人の健康状態が良くなかったり、歩く距離が長い場合など時と場合によっては車で送っていいと思います。けれど、そうではない健康にこれといった問題がなさそうな人に対しては、余計なことはしないとほうがいいと自分は思うのです。
そのように思うのは自分だけかもしれません。けれど、自分は間違えていませんし、自分はそのようにしています。歩けるのだったら歩こう。それは自分のため、そして、健康のためだから。
足は大事。歩けることも大事。自分の足で歩けることはとてもしあわせなことなのです。自分はそのしあわせを手放したくありません。だから、できる限り歩きます。
越後丘陵公園 雨上がりの公園の花
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